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通関士の正体通関士試験の正体教科書参考書知って得する基礎知識携帯用電子計算機学習スタイル


■はじめの一歩 >>> □知って得する基礎知識 >>> ◎関税の役割(輸入税としての関税)

◎法令の体系(法段階構造)

◎法文(条文)の読み方

◎条文の構造(接続詞の意味)

◎立法趣旨の重要性

◎通関士試験の各科目の関係

◎関税法と関税定率法の関係

◎関税の役割(輸入税としての関税)

◎消費税としての関税

◎関税の課税対象

◎通関手続と貿易実務

我が国では、輸入する場合についてだけ関税が徴収され、輸出する場合には徴収されません。では、どうしてそのように定められているのでしょうか。そもそも関税ってどのような役割を担っているのでしょうか。

学問的な定義からしますと、「関税とは、法定の関税領域に出入する貨物に対して賦課する租税である。」ということになります。

この定義をよ〜く見てみますと、関税とは元来輸入についてだけのものではないのですね。では、なぜわが国においては、輸入についてだけ賦課されるのでしょうか。

この謎に迫る前に(ちょっと大袈裟かなぁ)、関税の歴史を紐解いてみましょう。

「関税」は、生まれてから現在に至るまで大きく変遷しています。その関税の歴史は大きく分けると三つの時期にまとめることができます。

まず、第一期は手数料時代です。この時代では、関税は特定の任務や利益の反対給付として徴収されていました。まぁ簡単に言えば、政府が何かしらのサービスを提供してその代金(手数料)として関税を徴収していたのですね。ここでは、まだ関税が税金(租税)であるとの概念が確立していないのです。税金(租税)の最も大きな特徴は、国により強制的に徴収され、しかも、反対給付(お金を出す代わりに何らかのサービスをしてもらうこと)がないということにあるからです。みなさんは所得税や消費税などを支払っていると思いますが、それを支払った代わりに何か具体的なサービスを国から提供されましたか。何らのサービスの提供も受けていませんよね。税金とはそういうものなのです。

第二期は、内国関税時代です。史的には封建時代とほぼ一致します。この時代では第一期に比べるといくらか租税としての側面が強く出てきますが、まだまだ現代の関税の姿とは遠く離れたものでした。一応は、関税は反対給付のない強制徴収の税と観念されていましたが、その徴収の仕方が悪かった。関所で徴収されたり荘園領主により徴収されていたのです。時の統治者の恣意(思うまま、ということ)による、もちろん法律にもよらないものでした。まぁ領主の私的収入、言い換えれば、小遣い稼ぎのようなものだったのです。

いま「関所」という言葉が出てきましたが、「関」がつく言葉は結構ありますよね。関与、関係、関知、関連、関白、関心、相関、連関、関節、機関、関門、関西、関東、難関、税関、通関、玄関などなど。「関」という漢字には、(1)かかわる。あずかる。(2)大事な場所。しかけ。(3)戸を閉める。閉ざす。出入口。などの意味があるのです。関所、関門、関西、関東、難関、税関、通関、玄関などは、まさに(3)の意味なのですね。だから「関税」もその言葉自体からして、そもそも出入する際の税という意味を持っています。まぁ、こんなことは通関士試験とは関係ないでしょうから、この辺でやめときまして、話を元に戻しましょうね。え〜〜〜〜と、????、何の話でしたっけ。。。そうそう、関税の歴史、第二期までお話しましたね。

第三期は、国境関税時代です。現在の関税の形が第三期にあたるわけです。この時代では、関税の概念が成熟したというよりも租税の概念が成熟しました。租税を徴収できるのは、国家だけであり、しかも租税を徴収できる権利(課税権といいます)は国家固有の権利であると認識されました。ちょっと難しい言葉で言えば、課税権の主体は国家であると同時に固有権である、ということになるわけです。そして、租税は反対給付もない、強制的に徴収されるものですから、いわば国民にとっては、とっても嫌なものなわけです。そこで、国民の権利を最大限に保障するために、憲法により租税法律主義が宣明されたのです。つまり、そんな嫌なものを国民から強制的に徴収するためには、国民が自ら選んだ代表者(国会議員さんたちです)によって構成される国会により制定された法律できちんと予め決めてある場合でないとダメですよぉ〜、ということなのです。租税(ここでは関税を問題としていますが)を徴収する場合にも、憲法が高らかに謳う民主主義が妥当するのですよぉ〜、ということになっています。

ところで、民主主義ってよく聞きますが、その具体的な意味をよく考えたことがありますか。げげぇ、また話が脱線してしまいそうですが、少しの間、ご寛恕あれぇぇ〜。民主主義、まぁ簡単に言ってしまえば、みんなのルールはみんなで決めてそれを守ろう。自ら決めたルールが、一番自由の制限も少ないだろうし合理的だろう。と、こ〜ゆ〜ことなのですね。法学的に、ちょっと小難しい言葉を使えば、民主主義とは治者と被治者の自同性ということを意味します。これは治める者と治められる者とが理論的には一致していることが、すなわち民主主義なのだということです。自分で自分の首は絞められない。治者と被治者が一致していることが国民の自由を最大限に保障することにつながると考えられているのです。だからこそ、現代では世界中のほとんどの国家が民主主義を採用しているのです。みなさんは、あまり民主主義のありがたさを肌で感じたことはないかもしれませんが、もし民主主義が採用されていなかったら大変ですよぉ〜。ナチスドイツ時代の数々の惨劇、イタリアのファシズム時代、日本でも明治憲法の時代は悲惨でした。最近でも中国の天安門事件など、枚挙に暇がありません。この民主主義を生かすも殺すも実はみなさん一人一人の自覚と実践なのです。治者と被治者が自同的だといえるためには、国民一人一人が国政に高い関心を持ち、代表者(=国会議員)を真摯に選出し(選挙には行きましょう!)、そして自らが選出した代表者がちゃんと働いているかを監視しなければならないのです。せっかく民主主義を基本原則としている日本国憲法という宝物がある国に生活しているのに、それを錆びさせては絶対にいけませんっ!。みなさん一人一人がそういった意識を持たれれば、日本という国はもっともっといい国になると信じて止みません。・・・・ん〜、またまた話の筋が。。。憲法のお話がテーマではありませんので、話を元に。。。。

そうそう、関税の歴史の第三期でしたね。第三期では、いままで見たように、民主主義に基づく租税(租税法律主義)という概念が確立しました。そして、関税が租税である以上、その徴収主体は国家だけであり、もちろん反対給付もありません。関税の徴収については関税法や関税定率法という法律に基づいて行われます。そして、第二期の内国関税時代とは異なり、課税権の主体が国家となった以上、関税徴収の対象となる貨物も原則として国境を跨いで出入する貨物ということになりました。国境を越える貨物に対して、関税を徴収することとなったのです。(ちなみに、関税領域は、ほとんどの場合には国家の領域と一致するのですが、中には例外もあります。例えば昔のEC(現EU)などがこの例外にあたります。)

国境を越える場合というのは、よ〜く考えてみると、国境を越えて貨物が入ってくる場合(輸入)だけに限りませんよね。国境を越えて貨物が出ていく場合(輸出)もありますし、国境を通過する場合もあります。
第三期に至っても、直ちに関税=輸入税との図式が成り立つわけではないのです。理屈としては、関税には輸入税輸出税通過税などの種類が考えられるわけです。どのような場合に、関税を賦課することにするのかは、課税権の主体である国家が関税という租税にどういった役割を求めるのかということにより左右されるのです。まぁ、国家の考え方次第ということになりますね。

では、関税の果たす役割について考えていくことにしましょう。
いままで見たきたように、関税はその沿革からして租税として徴収されてきたことは明らかです。では、租税の目的(役割)はどこにあるのでしょうか。
これは、もうすぐに分かりますよね。そう、国庫収入の確保です。つまり、国の財政を支える基盤というわけです。関税も租税である以上、やはりこの国庫収入の確保という目的を持っています。

では、ここで少し考えてみましょう。関税も租税の一つであるという側面を強調して考えると、その目的(役割)は国庫収入の確保にあるということが前面に出てきます。そうすると、貨物が国境を跨ぐような場合には、できるだけ国庫収入を確保したいから関税を徴収したい。そうだとすれば、関税として輸入税、輸出税、通過税などの各種のものを認めたいという方向に向かいますよね。経済構造が高度に発達していない場合や関税に対して税収目的以外の目的を求めない場合には、輸入税以外の関税も採用されたりします。

しかし、関税というものに対して、他の税金とは異なる独自の役割を与えようとすると、ちょっと違ってきます。そして、わが国では、関税というものに対して、一般の税金とは異なる別の目的(役割)を持たせようとしています。それは経済政策目的です。すなわち、関税を国内産業を保護するためのものだと捉えるのです。輸入貨物について関税を設定すれば、外国貨物の輸入を制限でき、国内の産業を外国製品との競争から守ることができる。こうして国内産業を保護することができると考えるのです。
国内産業の保護という観点から関税というものを考えると、輸入税だけ認めれば十分だということになります。むしろ輸出税なんてものは国内産業が外国にバンバンと製品を輸出して儲けるのを阻むことになるわけですから、そんなものは認めたくないのです。

わが国では、関税というと輸入税のみであり、輸出税や通過税は採用していません。それは、いままで見たように、関税の国内産業保護という経済政策的な目的を重視しているからに他ならないのです。

このようなことからすれば、関税は租税の一つであるといっても、租税一般が有する国庫収入確保という目的はかなり希薄化されており、その意味で大変ユニークな租税なのです。ちなみに平成11年度の国の歳入(一般会計)において、関税の占める割合は、全体(82兆2,299億円)のわずか1.0%(7,850億円)にすぎません。

国庫収入を確保するという目的を本来的に有する租税の一種であるにもかかわらず、その目的を希薄化し別の目的のために活用される関税とは、本当におもしろい存在です。だったら、関税を租税じゃなくしちゃえばいいじゃないかぁ〜と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうすると租税じゃないのに国から強制的に反対給付もなく徴収されるものって一体何なんだぁ〜! そんなものが許されていいのかぁ〜!ってことになっちゃいますよね。

わが国においては、関税の目的として、よく国庫収入の確保ということと国内産業の保護ということの二点が挙げられますが、このようによ〜く考えてみると、国庫収入確保は関税の租税としての側面、国内産業保護というのは租税としての側面を離れた経済政策的なものなのです。両者が矛盾するとまではいえませんが、理論的にはナイーヴな関係にあることは否めないのです。

わが国では、関税の国内産業の保護手段としての目的を重視していることはこれまで見てきたとおりです。
しかし、このことと国内産業の保護という目的自体の妥当性ないしは妥当領域については別次元の議論です。ときとして、行き過ぎた保護主義、保護貿易は諸外国から叩かれていますよね。国内産業保護、保護主義、保護貿易、それらの裏に潜むナショナリズム、これとは対照的なベクトルをもつ世界主義、自由貿易、グローバリズム。関税について学ぶ以上は、やはりこれらの概念のダイナミズムについてもしっかりとおさえておきたいところです。このダイナミズムがわかると、関税率の決定基準、特殊関税などについてより深い理解が可能となります。ですが、本稿はここまでとして、また別の機会にお話しすることとします。



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